中国語の外来語表記

 中国語といえば,漢字がずらっと並んでいるのが想像できると思いますが,どう読むのかはともかく,なんとなく文面からそれが意味していることが読み取れる部分が多いんじゃないかと思います。
 というのも,日本語が漢字を用いているということ,そしてその「漢字」という文字の特徴が大きな要因です。日本語特有のひらがなやカタカナ,欧米のアルファベットなどは,「表音文字」といわれ,それひとつひとつはどう発音するのかという「音」のみを表します。たとえば「か」は/ka/と発音する,というようなことで,「か」という文字自体が何かの意味を持っているわけではありません。これら表音文字は,いくつかが並ぶことで(場合によっては1文字だけで)意味を持ちます。
 一方漢字は,その文字ひとつひとつが,何かしらの意味を持ちます。たとえば「山」といったら盛り上がった地形,「やま」,"mountain"を表します。このような単独で意味をもった文字を「表意文字」と呼びます。アラビア数字などもこの一種です。
 漢字の特徴的なところは,表音文字でありかつ表意文字であるというところです。すなわち,漢字一文字で特定の発音と意味を併せ持つのです(それらを複数持っているものも少なくありませんが)。アラビア数字のような表意文字は,文字と意味の結びつきは強いけれども,発音との結びつきは比較的弱い(言語によって読み方が異なる)ため,特に漢字のような両者の特徴を併せ持った文字を「表語文字」と呼びます。より文法的にいえば,形態素と文字が対応しているということです。



 ところで,日本では明治以降,欧米の文化が流入してきたのに合わせて外来語が多数誕生したわけですが,前述のように日本語(仮名文字)は表音文字なので,もとの言語に似た発音を日本語の発音に対応させて,それを(一般には)カタカナで表記しています。たとえば,「スポーツ」「クラリネット」などがそうです。「ピッ"ツァ"」や「"ヴァ"イオリン」のように,できるだけもとの発音に近づけようと,もともと日本語にはないような発音表記も誕生しました(このようなことは多言語にも当てはまり,たとえば本来イタリア語のpizzaの「ツァ」はもともと英語の発音にはありません)。しかしながら本来の発音とはかなりずれて浸透してしまった語も少なくありません(マニアやオニオンなど,いわゆる綴りのローマ字読みに多い)。また,意味そのものがずれてしまった語(コンセントなど)もあります。和製英語なんていうエセ外来語もあります。
 そもそも,外来語というのがどのような語かというのを少し確認しておきたいと思います。『大辞泉』には,「他の言語から借用し,自国語と同様に使用するようになった語。借用語。」とあります。そうすると,歴史的に長い目で見れば,漢語も外来語の一種ということができますが,ここでは主に近代以降欧米諸国から入ってきた語を示すこととします。カタカナ語,といえばおそらくそのイメージとだいたい一致するのではないかと思います。特に英語はもともと単語から文法,発音まで欧米の諸言語が複雑に影響して作り上げられてきた言語なので,英語の外来語というとその概念の線引きも難しいのです。大辞泉にも「外来語と外国語の区別は主観的なもの」と書かれています。ここでは厳密な議論はしないことにして,日本語の外来語の話についてもう少し語ってみたいと思います。





 日本では,特に戦前には外来語を漢字で表記する例が多く見られました。外来語の発音に漢字の発音(主に音読み)を当てるのです。いわゆる当て字といわれているもので,たとえば天麩羅,貯古齢糖などです。
 ここで注目してほしいのが,いわゆる当て字というものの大半が,「音」のみの観点から当てられていることです。テンプラがどういうものかということと,「天」「麩」「羅」それぞれの漢字のもつ意味には,そう関係があるようには思えません。極端な話,「点布螺」なんかでもよかったわけです。
 かと思えば,貯古齢糖のように少しヒネリを利かせた当て字もあります。保存の効く甘い食べ物,ということで「貯」や「糖」といった文字のもつ意味が,少し生かされているような感じがします。
 さらには,「音」ではなくむしろ「意味」のみの観点から作られたような当て字もあります。たとえば,「手風琴」。これでアコーディオンと読みます。「てふうきん」と読む場合もなくはないのかもしれませんが,これは当て字ができてからそれをもとに生まれた新しい呼び方ということになります。ここまでくると外来語というよりも,新しい日本語といったほうがよいでしょう。
 もうひとつ面白い例を挙げてみます。北海道の地名には,アイヌ語由来のものが多いのですが,隣接する歌志内市と砂川市もその例です。この地域はアイヌによって「オタ・ウシ・ナイ(砂浜・についている・川)」とよばれていて,これを音で採ったのが歌志内,意味で採ったのが砂川,というわけです。





 前置きが長くなりましたが,現在の日本語では大半の外来語はカタカナを当てています。したがってその言葉のもつ意味を文字に反映させる必要性はないわけです。これによって現代の様々な業界でカタカナ語が溢れ,より多く意味を知っていればインテリ,みたいな風潮もありますが。では中国語だとどうでしょうか。中国語の文字には,原則漢字しかありません。漢字は音を持ちかつ意味を持った文字ですから,先ほどの日本語での例のように,音を当てるとどうしても本来の漢字の意味は軽視しがちになってしまいます。以下に例を挙げますが,漢字そのものの意味は各単語とはあまり関係がないのがわかると思います。<例>
アインシュタイン 愛因斯坦 
アラスカ     阿拉斯加
カラオケ     卡拉OK


一応漢字の横に発音の仕方を示すピンインを付しましたが,日本語の音読みのように読んでも結構です。だいたいもとの発音にできるだけ近くなるように漢字が当てられているのがわかると思います。


 となると,ぜひ音だけでなく意味までも考慮されたような外来語を見てみたいという気になります。以下に私の独断に基づき,そのような中国語における外来語をひとつ挙げてみます。

 世界的に有名な清涼飲料水です。

可口可楽 

 まず意味から見てみます。「口にすべし,楽しむべし」といった感じでしょうか。まさに飲料のキャッチフレーズのような意味の当て方です。お察しかもしれませんがコカ・コーラです。ご丁寧にコカまで漢字を当てて登録商標をまるごと外来語として取り込んでいます。


 他に,数学用語にもこのような外来語があって記事を書き進めていたのですが,裏付けのつもりでネット上の資料で情報収集していたら,その語自体の出典や由来に揺らいだ部分が出てきてしまい,かえって不明確になってしまいました。なのでこれについては,もう少し整理してから後日改めて書こうと思います。