18きっぷの旅 その6 (完結)

2010年3月6日(土) (6日目)

 名古屋,大阪,京都,広島,滋賀とめぐってきた旅もいよいよ大詰め。今日は草津から横浜まで帰るだけ。せっかくなので東海道本線ではなく中央線経由で帰ることにした。

 名古屋に事実上2度目の来訪になるが乗り換えのためスルー。横浜より市街地は都会っぽかったし,いろいろ他にもまわろうと思ったのでまた来よう。
 中央本線というと長野県を横断するので山中というイメージがあったが,名古屋を出て30分もしないうちにそのイメージは裏付けられてしまった。まだ多治見あたりなのに丘陵が広がる。

 土岐,瑞浪,恵那,中津川と市が続く。鉄道とか道路沿いに複数の市が連なっている場所なんか全国にどこにでもあるけれど(特に平成の大合併後はザラにある),この4市は前々から地図で見て不思議と惹きつけられていた。そこになぜか多治見は入っていない。
 長野との県境に近くなり,木曽川沿いに進む。川の向こうは今では岐阜県の一部だが,つい数年前までは長野県に属していた(いわゆる越県合併)。馬籠宿とか島崎藤村の出生地で有名な旧山口村である。目下を流れる川の中央線あたりに脳内で線を引いてニヤニヤする。
 木曽路を北上する。木曽も時間がたっぷりあれば下車して自然を満喫するのも悪くないが,今回のように車窓からの景色を眺めるだけとなると,さすがに飽きてしまう。地図でもあれば,実際の風景と紙上の図を比較しながら楽しめたであろうが,長旅なので地図という荷物は優先順位の都合によりお供していなかった。そろそろ5日間の疲れもあってか,次の乗り換え駅の塩尻までは山中にもかかわらず船を漕いでいた。これが小海線だったらアリだったかもしれない。

 塩尻では乗り換えに1時間弱の空き時間があったので,お昼ご飯を食べる。駅には喫茶店みたいな店とそば屋があった。どうせなら信州そばを,と思ったが自営業でどこにでもありそうな店だったので少し躊躇する。結局駅の中の売店でおにぎりとサンドイッチを買って食べる。旅もここまで来ると結構行動が適当になってくる。
 塩尻からは長野県の中央部を横断する形で山梨へ向かう。塩尻を出てすぐ分岐がある。もともとの中央本線塩尻諏訪湖の間にある塩嶺峠を迂回した線形を取っている。そのため,大きく南へU字を描いた格好で,その頂点で飯田線と接続している。現在では,峠の下をトンネルが抜けたので,塩尻〜岡谷間はほぼ真っすぐな道のりとなっている。迂回ルートを経由する電車は,飯田線直通のものを除くと1日上下線で各1往復しかなくなってしまったらしい。
 トンネルを抜けてからは,諏訪湖を右手に眺めながら東へ向かう。諏訪湖周辺は,地学的にも興味深い場所である。断層の関係で諏訪湖の水深は年々浅くなっていて,いずれは消滅してしまうとかいう話を聞いたことがある。また人文学的にも近代の製糸産業の舞台となる場所であって歴史ある町である。

 山梨県に入ると,間もなく小淵沢駅に到着する。ここで最後の乗り換え。ここから小海線(野辺山,軽井沢方面)や甲府からは身延線(静岡方面)にも行けるが,今回は新宿までまっすぐ帰ることにした。今日も東京でわさらーがお待ちしているらしい。それならお土産にと,小淵沢の駅で売っていたお菓子を買う。西日本方面に行ったはずなのに,お土産が八ヶ岳。まぁもともと買う予定が無かったので仕方ない。

 
雲が低い。というよりここの標高が高いのだろう。小海線を行くと長野県に入ったあたりで鉄道高所日本一の地点にさしかかる。そこの標高が1375m。小淵沢駅は確か1000mに届かないほどの標高だったと思う。遠くの低い土地から見たら,もしかしたらここも雲の中なのかもしれない。

 今日が土曜日ということもあって,幸いにも行程が「ホリデー快速ビューやまなし」という電車の運行と重なった。2階建ての快速電車にもかかわらず,自由席は乗車券のみで乗れるという実にありがたい電車なのである。それにしても新幹線並みに静かだ。席も普通列車のようなロングシートでなくクロスシートだし,窓も大きい。予定では乗る電車の車種までは把握してなかったので,旅の最後にJRからのプレゼントだと思って快適に利用させてもらう。新宿までこれが最後の乗り換え。ちょうど夕方過ぎには着けそうである。ちなみに富士山は見えなかった。もともと甲府盆地からは手前の山で裾野が隠されているので頂上付近しか見えないが,曇りがちな天気だったのでその頭角も拝めなかった。今さらだが,1日目の行路(静岡側)では富士山がよく見えた。

(注:写真は2007年の12月に撮ったもの)

 途中で,勝沼ぶどう郷駅に停車する。勝沼はブドウの産地で有名であるが,私の曾祖父の故郷でもある。つまり自分は山梨人のハーフクオーター(8分の1の意)であり,勝手に山梨は第2の故郷だと思っている。ちなみに第3は北千住である。これについてはいつか折に触れて話そうかと思う。
 それゆえ,山梨には特に愛着が強い。四方を山に囲まれて,かつ地平線が見えるほどに広大な盆地は,箱庭のような感じさえしてくる。決して蔑んだ意味ではなく,地図や航空写真などで鳥瞰的な視点から見た地形と,実際に地平から見た景色が脳内で組み合わさるのがきわめて快感なのだ。全体的にも局所的にもその地形を楽しめる。山梨はそれを最も強く感じられる場所なのである。そんな特徴を箱庭と呼ばせてもらった。自分はスモールライトを浴びてその箱の中に入れられたコビト。箱庭の形状は知っていて,実際に中からはどう見えるのかを確かめに行った冒険者。地図好きにはこんな感覚がたまらない。

神奈川県に入るころには,もう暗くなっていた。しばらくウトウトとしていたようで,気が付いたら立川を過ぎていた。駅に止まるたびに,車体の高さに気づく。中央線をMax型新幹線で走っているような気分。
 新宿に到着。大江戸線で月島へ向かう。もんじゃ焼き屋で,たぬきら3人のわさらーと合流。その後池袋へ向かうことになる。なぜか途中でトイレが我慢できなくなり,江戸川橋でひとり下車する。有楽町線で市ヶ谷より西に来たのは初めてかもしれない。
 池袋のマクドナルドで再び合流。もう2人増えて,そのまま居酒屋へ。


2010年3月7日(日) (7日目)


 日付が変わった頃,終電を心配し解散する。家に帰るまでが旅という言葉に従えば,結局7日目までずれ込んだ。もともとは4日間のつもりだった。金曜日がバイトなので,木曜日,最悪でも金曜日のお昼過ぎには関東へ戻ってくるつもりだった。それが1週間をフルに旅に当てられたのも,その週はバイトが休みだったという幸運に恵まれたおかげなのであった。
 終電を心配したつもりが,そういえば店の中で終電さようならーとか呟いていたような気がした。店を出たときには,山手線はまだ最後の1本が残っていた。ただ横浜までは帰れない。というわけで,奥の手を発動することにする。終電に見捨てられた関東わさらーの頼みの綱,ヨーゼフ邸にお邪魔させてもらうことにした。これで6夜連続外泊が確定。東京までをも旅の行路にする。
 そういえば,18きっぷの時間的なルールは,原則として印は押してもらった日に限り有効で,日付が変わった場合その日の最初の乗車の時に新たに印を押してもらうシステムになっている。ところが例外がいくつかある。日をまたいだ乗車の場合は,印は日付が変わって最初に停車した駅まで有効。さらに,電車特定区間内(東京や大阪近郊の路線)では,終電まで有効。ということは,3月6日で最後(5日目)の印を押してもらったこの18きっぷで,山手線の終電(むろんすでに12時は回っている)を乗ることができるのである。
 その辺を知っておくべきだった。日付が過ぎたので何の疑いもなく役目を終えた(と思いこんだ)18きっぷを記念として大事にしまい,Suicaで改札を通る。たかが380円,されど380円。旅だから多少の出費は気にしないものの,節約できるところは節約したかった。特に普段から使っているような路線なのでわざわざ払わなくてもいい金を払うような価値もない。
 同じく帰れなくなったやまと一緒にヨーゼフ邸へと帰還。いつもいるようなメンバーがその日もいた。せっかくだからと寝もせずにさらに呑む。八ヶ岳のお土産も奇しくもすべてわさらーの手に渡ってしまった。

 気がついたらヨーゼフと二人きりになっていた。夜中にlivaが眼鏡をはずしてくれたのは覚えている。朝方テーブルの下でやまを蹴っ飛ばしていたのもうっすら記憶にある。それからまた落ちたらしい。時すでに正午近く。お昼ご飯を食べに出かける。

 蒲田駅近くの中華飯店に入る。中華料理屋に行くと,自分はたいてい麻婆豆腐かチャーハンを頼む。さて今日はどちらにしようか,と考えていると,麻婆チャーハンなどという品書きが目に留まった。迷わずそれを注文する。パンもお菓子も欲しかったら両方食べればいいじゃない。こんな合理的なメニューが他の店にあっただろうか。よく半ラーメンセットとか,半チャーハンセットみたいのはあるけれど,この組み合わせはさすがである。ボリュームもなかなか。さらに唐揚げまでついている。このメニューは自分のために用意されたに違いない。また来よう。

 お世話になったヨーゼフとお別れ。いよいよ自宅に向かう。京浜東北線で横浜に向かいながら,いつもの路線にもかかわらずなにか新しい旅先に向かう電車に乗っているような気がした。いつもの横浜駅も新鮮な感じがした。ただいま。これにて全行程終了。なにはともあれ身体が無事でよかった。無理もせず,好きなことだけを好きなだけ楽しめた。それでいて人にも運にも恵まれて,いろいろなものを得ることができた。こうしてブログをたらたらと書きながらあのときの感覚を今一度思い出している。新しい気持ちもたくさんあったけど,いつかと同じ気持ちをもう一度味わえたのもこの旅の貴重なところだった。

最後に─

 今は亡き作曲家,武満徹がノヴェンバーステップスという曲を書いた際に,このような言葉を残している。


「ひとつの音楽作品がそこで完結したという印象を与えてはならない。周到に計画された旅行と,あらかじめ準備されない旅行とでは,そのどちらが楽しいでしょうか?」


 この言葉と初めて出会った中学時代,自分は疑いもなく前者の方が楽しいと思っていた。たぶん修学旅行前ということもあって,旅行会社との事前のスケジュール設定の綿密な話し合い,打ち合わせなども影響してそう思わせたのだろう。しかし今では,おそらくほとんどの方もそう考えると思うが,準備されない旅行というのも趣がある。
 この話題について武満氏は旅行を例えとして音楽を解釈するために用いているが,旅そのものについても十分議論できることである。もちろん,電車や宿などのいわゆるサービスに頼ったり,旅先で知り合いに会ったりするような旅ではある程度の時間的,金銭的な計画は必要である。どちらが良いというわけではないが,行き当たりばったりな旅─それが結果として反省点を残すことになろうと,時間にがんじがらめにされた日常から抜け出した開放的な気持ちで満喫することができたと思う。
 聞いたことのない音楽を歌詞カード,あるいはコンサートだったら曲目プログラムを片手に,初めて耳にするようなあの気分,あるいは見たことのない映画やドラマのストーリーに目を奪われるようなあの気分,そんな自分自身ではどうしようもできないような展開を,今回の旅にも求めていたのだろう。それを楽しいと表現するのなら,武満氏の言わんとする事が感得できたと思う。そして完結しないオープンエンドな印象。それこそ,最後の京浜東北線車内で感じたあの感覚なのかもしれない。



以下,6日,7日合わせた記録<お会いしたわさらー>
たぬき,電気なまず,chisaco,silvers,やま,ituki,ねぎ,liva,ヨーゼフ<取得したDoCoMo iエリア(重複除く)>
湖北,西濃,岐阜,鶴舞,千種/今池守山区,瀬戸/春日井/小牧/犬山,東濃,木曽,松本,諏訪,小海線沿線/八ヶ岳甲府,富士吉田<出費>
[交通費]
都営大江戸線
(新宿〜月島) \260
東京メトロ有楽町線
(月島〜江戸川橋) \190
江戸川橋〜池袋) \160
JR線
(池袋〜蒲田) \380
(蒲田〜横浜) \210
東急多摩川線
(矢口渡〜蒲田) \120
相鉄本線
(横浜〜和田町) \170

[食費]
塩尻駅売店 \???
おしお(もんじゃ焼き) \???
居心伝 (居酒屋)\1,000

[宿泊費]
ヨーゼフハウス \0

[物品費]
デュオレールこぶちざわ
(プリンタルト) \580