行列に関するメモ

ケーリー・ハミルトンの定理を用いた三角行列の乗の求め方



次の三角行列で対角成分がすべて等しいもの(とする)は固有値をただ1つだけもつ。すなわち,を満たす重解となり,1つに決まる(行列式の値は対角成分となる)。

このとき行列は重複度だけの個数の線形独立な固有ベクトルをもたない(対角行列にできないわけではないが,対角行列がの形として表せない)。そこで,行列式が完全冪乗の形に表せることを利用して,次の方法で乗()を求めることができる。

ケーリー・ハミルトンの定理より,

次の単位行列次の零行列)

が成り立つ。

ここで, とおくと,

二項定理を用いてを展開する。単位行列の性質より次の任意の行列においてなので,




この展開式において,から,次以上の項はとできる(をみたすにおいて,)ので,は以下のように表せる。




(ここで,のとき,とする。)


したがって,の有限回の冪乗の複素数倍の和として表し,求めることができる(は作り方から,対角成分が0の三角行列なので,冪乗もそれほど複雑ではないし,面白い性質もあるが,ここでは割愛)。

一般に,三角行列でなくてもケーリー・ハミルトンの定理を利用して行列の
を求めることができる。固有値が行列の次数と同じ個数だけあれば因数分解して剰余の定理,重複があってさらに線形独立な固有ベクトルが次数個存在しないときは,上と同様に二項定理を用いてなんとかできる(後者の場合は三角化はできるので,結局本問の形に帰着される)。



実際に具体例を出してやって締めとする。

とすると,行列固有値は3。よってケーリー・ハミルトンの定理より

ここでとおくと,

ゆえに




追記1:
 ケーリー・ハミルトン(あるいはハミルトン・ケーリー)の定理というと,現行の『高等学校指導要領』(平成11年告示)の「第4節・数学」では数学Cの行列で扱われるものである。ちなみに,平成21年告示の新指導要領では,「数学C」が廃止され,行列の分野も他の領域に移動されなかったため, 事実上高等学校までの数学教育では扱われなくなった。
 高校数学での行列は,おもに2次の正方行列を中心とした内容となっている。逆行列を求める際の逆転公式においても,行列式および余因子行列の転地は2次の場合での操作を公式化している。
 ケーリー・ハミルトンの定理も同様に,2次の正方行列の場合のみに限って以下のように示されている。

2次の正方行列において,次の等式が成り立つ。


これは2次のときのいわゆる特殊形であって,一般には次のように示される。

次の複素正方行列について,の固有多項式


の各成分による定数)

とするとき,に置き換えた(定数項は)式について,

が成り立つ。これが一般の線形空間,行列の次数における固有値問題に関連したケーリー・ハミルトンの定理である。行列が2次のとき,

とおくと,固有多項式

A-\lambda E =

\begin{vmatrix}
a-\lambda & b \\
c & d-\lambda
\end{vmatrix}
=(a-\lambda )(d-\lambda )-bc
"\>


となり,いわゆる高校のケーリー・ハミルトンの定理の式と係数が一致することがわかる。


行列,行列式においては,2次から3次,あるいは3次から4次といった拡張の際に,低次のときの操作に固執しすぎると失敗することがある(例として大学4年生にもなって4次の行列式でいきなりサラスの展開を用いようとした人を見たことがある。24通りすべて出すならまだいいが,3次の場合のようなたすき掛けで,8通りのみで終わらせていた。当然間違い。)。数学における一般化では,特殊からの「類推」で済むようなものも多いが,特に線形空間においてはきちんとした論証の上で一般化を議論することが大事だと感じた。